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2. 急性および慢性ストレスの体温に及ぼす影響の違いについて

 これまで、急性ストレスが体温に及ぼす影響については、多くの研究者によって研究されてきました。つまり動物に急性ストレスが加えられると一過性の顕著な体温上昇が生じます(例えばラットを別のケージに移すだけで約1.5℃の体温上昇が生じます)。この現象はストレス性高体温(stress-induced hyperthermia)として知られており、交感神経系が大きく関与しています。感染症に罹患した時に生じる発熱と違い、ストレス性高体温は解熱剤では抑制されませんが、抗不安作用のある薬物(ジアゼパムなど)では抑制されるという特徴があります。また、ストレス性高体温はストレスから解放されるとほどなく消失します。
 ところが、心因性発熱患者が高体温を生じるようになるきっかけは、子供ではいじめや、周囲からの期待に応えようとする慢性的な緊張状態、仕事をしている成人では過重労働、主婦では介護からくる過労など、慢性ストレスであることが多いのです。そこで私たちは、慢性的な緊張状態が体温にどのような影響を及ぼすか、ラットを用いて検討しました1)。ヒトの思春期に相当する年齢のラットを自分より大きくて強いラットのケージの中に毎日一時間入れると言う心理的ストレスを28回繰り返したところ、つぎのような体温の変化が見られました。
(1)初回のストレス負荷時には、ラットの体温は一時的に1.5℃近く上昇しましたが、ストレスから解放されると、数時間以内に通常の体温に戻りました(図1)。
(2)心理的ストレス負荷を21回繰り返すと、実際にストレスに暴露されない日でも、今までストレスが負荷されていた時間帯になると体温が上昇しました(図2)。
(3)さらに心理的ストレス負荷の回数を増して28回繰り返すと、ストレスを受け続けたラットの体温はストレスを受けていないラットより約0.3℃高い状態が一日中続くようになりました。
(4)その慢性的な高体温はストレス負荷終了後もしばらく(1週間以上)続きました(図3)。
(5)慢性的な高体温を呈するようになった時期に一致して、ラットは抑うつ状態に特徴的な行動を示すようになりました。
 また別の研究では、慢性的にストレスを与えたラットでは、ストレスを受けていないラットに比べ、同程度の交感神経の刺激でも体温上昇の程度がより大きくなることが示されています。
 つまり、ストレス負荷が一回の場合には、体温上昇の程度は顕著であっても一過性で、ストレスの原因となるような状況が取り去られれば、すぐに平熱化します。しかしそのストレスが長期間に及ぶと、微熱程度のわずかな高体温が持続するようになり、ストレスから解放された後も、すぐには平熱化せず、むしろ慢性ストレス状況では、それまでは体温に影響を及ぼさなかったわずかなストレスであっても、体温上昇の原因になりうるのです。
 この動物モデルは、慢性ストレス状況で、微熱程度のわずかな体温上昇がずっと続くと言う患者の病態を反映していると考えられます。現在、私たちの研究グループでは、このような微熱程度の高体温が生じる機序と、その治療法について研究を進めています (2011年5月24日)。


(図1)第1回目のストレス負荷によるTcの変化。■ストレス群、○コントロール群。


(図2)第3期(21回ストレスを負荷した翌日)のストレスを加えていない日のTcの変化。この日はストレスは加わっていないにもかかわらず、ストレスが負荷されていた時間帯のTcはコントロール群より高かった(条件付けによる高体温反応)。■ストレス群、○コントロール群。

(図3)第5期(28回の繰り返しストレス負荷終了8日後)のTc。ストレス群のTcはコントロール群より、明期、暗期ともに0.2- 0.3℃高かった。■ストレス群、○コントロール群。

 この研究は2008年-2010年の科学研究費補助金によるもので、その成果は1)の論文で発表しました。また、この成果をもとに、子供の心因性発熱をどう考えて、どう対処すれば良いかと言う点について2)の論文で解説しました。
1) Hayashida S et al.: Repeated social defeat stress induces chronic hyperthermia in rats. Physiol Behav 101,124-31,2010.
2) 岡孝和:熱(心因性発熱)がおさまらない子ども. 教育と医学59,194-200,2011.

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