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3. ストレス性高体温症を媒介する脳内回路について <English

 心理的ストレスが、どのような機序で体温を上昇させるのかについては、いまだ明らかではありません。そこで私たちは、心理的ストレスが体温を上昇させる脳内神経回路を明らかにするために、ラットを用いて研究を進めています。
【感染・炎症によって生じる発熱反応を伝える神経回路】
 感染症や炎症性疾患によって生じる体温上昇(発熱)は、プロスタグランディンE2が、視床下部視索前野に存在するEP3受容体(プロスタグランディンE2受容体の一つ)に作用し、EP3受容体含有視索前野ニューロンが、直接的に、もしくは視床下部背内側核を介して間接的に、延髄の淡蒼縫線核を中心とする領域に存在するプレモーターニューロンを活性化することによって生じることが知られています(図1)。


(図1)感染、炎症性疾患による発熱の機序

【仮説と目的】
 ストレスによって生じる高体温も、発熱(感染症や炎症性疾患によって生じる体温上昇)と同様、淡蒼縫線核領域からのプレモーターニューロンを介して生じるのではないかと考え、ストレス中に、この領域のニューロンが活性化するかどうかを検討しました。
【方法と結果】
 体温を測定するための発信器を体内に埋め込んだウイスターラットを、ウイスターラットより大きいロングエバンスラットのケージに1時間入れる(ウイスターラットが降伏の姿勢を示した時点で、両者を金網で仕切ります。そのためウイスターラットは身体的な攻撃は受けませんが、精神的な緊張状態が続きます)という心理的ストレスを加えると、ウイスターラットの体温は約2℃上昇しました。この体温上昇はインドメタシン(抗炎症薬、一般的な解熱薬)では抑制されませんでしたが、ジアゼパム(抗不安薬)およびSR59230A (交感神経b3受容体拮抗薬)の前処置によって抑制されました(図2)。


(図2)ストレス性高体温反応はインドメタシンで抑制されず、SR59230Aにより抑制された。

 次にストレスを受けたラットの脳細胞を染色して、Fos(神経活動のマーカー)およびVGLUT3(発熱反応に関与する交感神経プレモーターニューロンのマーカー)の発現を、発熱反応を媒介する交感神経プレモーターニューロンが存在する延髄縫線核領域を中心に観察しました。ストレスを受けたラットの淡蒼縫線核領域でのFos陽性細胞の数は、コントロール群より有意に多く、ジアゼパム投与により減少しました。Fosはこの領域のVGLUT3陽性細胞の50-70%に発現し、VGLUT3陽性細胞がFos を発現する割合は、ジアゼパムの投与により減少しました。その一方で、Fosは、この領域に多いとされるセロトニンニューロンにはほとんど発現しませんでした。

【結論】
 つまり、心理的ストレスを受けたラットは顕著な体温上昇を示しますが、この時、延髄の淡蒼縫線核領域のVGLUT3陽性細胞が活性化することが示されました。心理的ストレスによる体温上昇の少なくとも一部は、心理的ストレス→(延髄縫線核領域のVGLUT3陽性細胞活性化→脊髄中間外側核→交感神経→b3受容体を介した褐色脂肪細胞の活性化→非ふるえ熱産生の亢進→体温上昇)という機序によって生じることが示唆されます。( )の機序は感染症や炎症性疾患で生じる発熱反応を媒介する機序として知られている神経回路です。
 今回の研究では、まだ視索前野や視床下部背内側核の関与については明らかにできていません。しかし、少なくとも心因的ストレスと感染症・炎症性疾患は、延髄−脊髄−交感神経というレベルでは共通の神経回路を介して体温を上昇させることがわかりました(図3)(2012年7月28日)。

(図3)感染、炎症性疾患による発熱とストレス性高体温症(心因性発熱)で共通する機序。

 この研究は、岡ラボでモンゴルから来た留学生(精神科医で白鵬の知人)のルクハバスレン・バトトプシン君が中心になって行った研究で、発熱の脳内機序の研究で世界をリードしている京都大学 中村博士のラボとの共同研究です。

 またこの研究は2010-2012年の科学研究費補助金によるもので、その成果は1)の論文で発表しました。また、この成果をもとにした“心因性発熱”患者での体温上昇の機序について2)の論文で解説しました。

1) Lkhagvasuren B et al.: Social defeat stress induces hyperthermia through activation of thermoregulatory sympathetic premotor neurons in the medullary raphe region. European Journal of Neuroscience, 34,1442-52,2011.
2) Oka T et al.: Mechanisms of psychogenic fever. Advances in Neuroimmune Biology 3,3-17,2012.

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