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3.「失体感症」「過剰適応」概念の臨床的意義について

 心身症の成因、病態を考える上で失体感症、過剰適応は重要な概念です。この2つの概念を次のように理解してみてはいかがでしょう。
 私たちには2つの生き方があります。一つは生物学的生き方、もう一つは社会的生き方です。

 (1)生物学的生き方(図1):

 動物は感染症にかかると発熱しますが、この時、sickness behavior, sickness response とよばれる一連の反応、行動をとります(横になって寝るなど)。この行動は学習されたものではなく、細菌やウイルスと闘うための生体防御システムに基づく行動であり、病気からの回復を促し、生体の生存率を高めるために有利に働きます。感染症にかかったときでなくとも、ヒトは空腹になった時、睡眠不足になった時、過労になった時、食事をとりたい、眠りたい、休みたいと言う生物学的欲求、動機づけ(体の声)にしたがって食事をとり、眠り、休息を取りますが、そのような体の声に従った行動は生体のホメオスターシスの維持や、消耗状態からの回復に役立ちます。

 (2)社会的生き方(図2):

 しかし、ヒトが社会で生活してゆく上では、生物学的生き方を犠牲にしなければならない時があります。例えば、仕事を時間内に終わらせないといけないときは、空腹時、不眠時、疲労時であっても、必ずしも食欲、睡眠欲、休息欲などの欲求に従うことはできません。風邪をひいても、寝込まずに仕事をしなければならないこともあります。この状況では、例えば食事は、とりあえず栄養のあるものを口の中に流し込んでおく行為でしかなく、おいしく味わって食べることによる満足感は得られません。
 社会的生き方は、私たちが人間社会で生きてゆく上では必用な生き方ですが、この傾向が強すぎると、しばしばホメオスターシスの維持や、消耗を防ぎ体力の回復を促すための警告信号(内受容)を感じる機能は抑えられてしまいます(失体感)。極端な時間的効率化を求められる現代においては、過労状態にあっても、疲労を感じないこと(失体感症)は一つの適応状態と言えるのかもしれませんが、その代償として健康を損なう危険性を内包していることを忘れてはなりません。また生物学的欲求に基づく意思決定や行動よりも、社会的(周囲の)要請に応えるための行動を優先する傾向が強いことを過剰適応と呼び、過剰な適応努力もまた、心身症の発症要因となります。

 人間社会にうまく適応して、さらに健康に生きてゆくためには、この2つの生き方をTPOに応じて、賢く使い分けることが必用です。

 失体感症スケールでは、ホメオスターシスを維持するために必用な感覚を感じることができない傾向を<体感同定困難>のサブスケールで、感じてはいても、社会的要請にこたえるために、体感に基づく行動を抑制する傾向を<過剰適応>のサブスケールで評価します。健康な方には信じられないかもしれませんが、心療内科外来を受診する患者さんの中には、「お風呂に入るとリラックスした感じになる」、「呼吸をととのえる(深呼吸する)と、気持ちがおちつく」という感覚が全く理解できないという人がけっこういるのです。

さらに詳しく知りたい人は、下記論文をクリックしてください。

1)岡孝和:失体感症スケール開発の経緯と、身体(内受容)を重視した心身医学療法の意義と有用性について.<身>の医療1, 52,56,2015.

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