> トップページ − 4. ヨガ

(1)ストレス状態に対するヨガの奏効機序

 ここで取り上げるヨガとは、ヨガ教室や、ヨガの医学研究で行なわれているアーサナ(体位法)、プラナヤーマ(呼吸法)を組み合わせたものと考えてください。

(1)ヨガを練習すると抗ストレス的な変化が生じる

 健康な人がストレス状況におかれた時や、ストレス関連疾患にかかっている患者さんでは、(1)心理的変化としては、不安感や抑うつ気分、落胆などの陰性感情や疲労感が増し、覚醒レベルは亢進し、しばしば不眠を訴えます。(2)ストレス状態に備えるために働く仕組みの変化としては、交感神経・副腎髄質系(心臓をドキドキさせたり、呼吸をハーハーさせるなど、闘うか逃げるかの時に働く神経系)と視床下部-下垂体-副腎皮質系(CRH, ACTH, コルチゾールなどのストレス状態を作る代表的なホルモン,hypothalamic-pituitary -adrenocortical axis, HPA軸)の活動が亢進する一方で、心臓迷走神経活動(休息時に働く神経活動)は抑制されます。現在、心臓迷走神経活動の程度は、心電図検査で、呼吸性に生じる心拍変動(heart rate variability, HRV)を測定すれば、簡単に知ることができます。迷走神経活動が低下するとHRVは低下します。(3)身体的には、この状態が長く続くと、C反応性タンパク(C-reactive protein, CRP)やインターロイキン-6(interleukin-6, IL-6)などの炎症マーカーが上昇し、動脈硬化などの慢性低レベルの炎症が持続、増悪することになります。アロスタティック負荷(ストレスフルな外部環境に適応するためのエネルギーの消耗)の状態となり、様々な身体疾患が悪化します。コルチゾールというホルモンは諸刃の剣のようなホルモンで、短期的にはストレスで傷ついた組織を修復する(抗炎症)作用を発揮する(なので炎症性疾患には副腎皮質ホルモンを服用、塗布します)反面、長期間この状態が続くと、うつ病や記憶障害、動脈硬化、高血糖、高脂血症を招いたり、増悪させます。
 ヨガを練習すると、これらのストレス性に生じる変化に対して、おおむね拮抗的な反応が生じることがわかっています(図)。つまり不安、抑うつ、陰性感情、疲労感は減少し、睡眠障害は改善します。ヨガを練習すると脳の中の抑制性神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(γ-aminobutyric acid, GABA)が増加することも報告されています。病院で処方される安定剤はGABAの働きをを介して作用するので、ヨガを練習すると、自分の力で自分の脳の安定剤を増やすことができると考えてよいでしょう。私たちは、今回の研究で、アイソメトリックヨガを行なうと脳のドーパミン神経系が活性化されるらしいという研究成果を得ています。またヨガを行なうと、交感神経活動と血中、唾液中コルチゾール値が低下し、HRVは増加します。血中CRPやIL-6などの炎症マーカー値は低下、もしくはストレス性に生じる増加が抑制されます。 

 したがって、一般論としては「ヨガはストレス状態、ストレス関連疾患に対して有効に作用する」と考えられます。ただし、この結果はヨガが有効であったとする論文における機序をまとめたものであり、効果がないという論文も存在します。また、どのようなヨガプログラムでも同じ効果が得られるとは限りません。病気の状態や、練習の仕方によっては効果よりも有害事象の方があらわれたりする可能性もありますので、注意が必要です。また病院にかかっている患者様に対して医療を受けることを中止して、ヨガで治すことを勧めているわけでもありません。確かにこのような効果があったとしても、それが病気を治すほどの力があるか、週に何回の練習が、薬の何錠に相当する有効性があるのかについては明らかではないからです。

(2)ヨガを行なうと内受容に関与する脳の働きが高まる

 ヨガの先生は、よく「身体に意識を持っていってください、呼吸に意識を持っていってください」などと言います。今回、私たち(国立精神・神経医療センター精神保健研究所、守口善也博士との共同研究)は、このヨガで強調される「身体に意識を持ってゆくこと」に、どのような医学的意義があるのかという点についても研究しました。詳細な説明は論文発表後でないとできませんが、例えば「手」に何回も意識を持ってゆくと、内受容(interoception)に重要な脳の部位が活性化することがわかりました。
 五感は外からの刺激に対する感覚をさし、これらの感覚は、ストレス状況では(しっかりと見て、聞いて、正確に情報を集めて、適切に対処するために)フルに働くことが求められます。その一方で、内受容とは、お腹がすいた、疲れたなど、身体の中から生じる感覚をさし、ストレスをいっぱい抱えていると、身体の声が聞こえなくなってしまうことがありえます。短期的には、身体の声は聞こえない方が、ストレス状況をうまく乗り切れるかもしれませんが、この状態がずっと続くと身体を壊してしまいます(失体感症)。ヨガを通して「身体(呼吸)に意識をむける」練習は、身体の声を聞く働きを担っている脳の部位を活性化させる、脳トレになっているようです。長期的には、この働きが麻痺せず、鋭敏に働くことが、ストレス疾患の発症、増悪を予防することにつながるのかもしれません。(2014年3月7日)
 ここで紹介した研究は平成24年度厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)(H24-医療-一般-025)の補助(2012-2013年)を受けて行なわれた「ストレス関連疾患に対する統合医療の有用性と科学的根拠の確立に関する研究」(主任研究者 岡孝和)の成果の一部を紹介したものです。
 また本文中の図は、岡孝和:第5章 ヨガ・気功.最新医学別冊. あたらしい診断と治療のABC78, 心身症.,210-216p,2013を改変したものです。

inserted by FC2 system